不登校への階段⑧(完)

不登校への階段①~⑦の続きです。

もう、このころには娘と母は仲たがいする様になっていました。
娘が泣く・・・母が途方に暮れる。
娘が癇癪を起す・・・母は別室に移動する。
娘が自傷行為をする(自分で自分を叩く、軽いリスカなど)・・・母は泣く。
お互いがお互いを大嫌いだったと思います。

母にとって衝撃的だったのは、家族写真の母の目だけに描画刺さっていたこと。
あぁ、鼻の穴にも刺した後があったなぁ。
(今は娘もこのことを悔やんでいるようです)

母にしてみればこんな娘を
「なんで産んじゃったんだろう?」
「発達障がいになったのは切迫流産のせいかな?」
「母は交通事故を起こして入院したい・・・」
「娘も交通事故にあえば・・・」(ひどいですよね)
などなど負の考えが泉の様に湧き出てきます。

娘さんはボストンバッグに自分の大事なものをドンドン詰めて家を出る支度をしています。
センターで言われた、
「とにかく今日はおばあちゃんちに行かせてください。」
のセンター長の言葉。これを娘は家出して良いととらえたようです。

その後、おばあちゃんと連絡を取って、送っていったのは母です。
娘を送った帰宅後、母は広々とした自宅で泣いて泣いて泣いて・・・

娘が出て行ったのが、金曜日。
土日が明けて、月曜日に教育支援センターに電話を入れました。
娘が休みますと・・・

電話に出たのは担当の臨床心理士さん。
その途端、母はワーッと泣き出してしまいました。
(支援センターには臨床心理士さんもいて日々の事を色々聞かれていました。しつこいくらい。)
そして泣きながら
「娘が祖母の家に出て行きました。送迎できません。当分お休みさせます。」
と・・・伝えました。

この時以来、センターからは我が家に電話はかかってきていません。
来るものは拒まずだけど、来ないものは追わない。
そんなスタンスの様です。

娘さんは実家では全く歓迎されず、むしろお邪魔虫だったので日々とても暇だったらしく、
1週間ほどで我が家に戻ってきました。(ちょうど受験生がいたのです)

また信頼を欠いてしまった教育支援センターに娘を連れていきたくない親と、
1週間休んでセンターに行かなくなってしまった娘。
地元の中学校へはセンター行かない理由は
「支援センターに聞いてください。」
とだけ話、こちらからは理由を言いませんでした。
担任の先生、ご迷惑をおかけしました。

こんな感じで娘さんは完全な不登校がスタートしてしまったのです。

改めて書き、読んでみると考えさせられるところが満載です。
でもあの時は全く余裕が無く、相談できる人もいなくて辛くて寂しい日々だったと記憶しています。



長くなりましたが、読んでくださってありがとうございました。


励みになればと登録してます。
応援のクリックして頂けると嬉しいです。
   ↓
にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村












[PR]
# by benikaname | 2017-06-27 16:05 | 不登校 | Comments(0)

不登校への階段⑦

不登校への階段①~⑥の続きです


娘さんは自宅から車で20分程の教育支援センターに通学する事になりました。

4月に入学してからほぼ2か月で中学校へは行けなくなりました。
でも親も娘さんも行けない学校へ行くよりは、行ける支援センターを選んだだけです。

さて、初回の娘さんの反応は・・・
「教室みたいで嫌だ!」
そう、支援センターも一部屋がまるで教室なんですね!
ただ教室より全然広いんですけどね。

なので娘さんは最初はセンターに来ているお子さんと一緒に授業を受けることは無く、奥にあるテーブルで大好きな鳥の絵を描いたり、物語を書いたりしていたのです。

そして・・・2週間ほど経った頃でしょうか?
娘さんもみんなと一緒に机を並べて勉強・・・はしないで相変わらず絵を描いています。
勉強を無理にさせようとすると泣くもんですから、むやみに勉強を先生方もさせられません。
そして泣くときは尋常じゃない泣きっぷりなものですから、先生に

「お母さん、娘さんに付き添いしてもらえますか?泣いたら娘さんのフォローをお願いします。
 あと娘さん、フラ~と外に出ていく傾向がありますから危ないのでお母さんが見守っていてください。」

と言われてしまいました。
小学校だってそんな風に言われたこともないし、
児童、生徒より先生の方が人数が多いじゃないですか?
それなのに母につきっきりで娘を見てろって、センターへの信頼が徐々に薄れかけてきていました。

娘の付き添いは正直きつかったです。
と言うのも、自宅で娘と一緒。
通学の車で娘と一緒。
センターで娘と一緒。
お互いの仲が悪くなり始めていたころでしたからずっと一緒だと息を抜く時がないのです。
二人とも。

先生のおっしゃられる通り母は教室で娘の後ろの席に座って、娘が泣いたら外に連れ出す。
やりましたよ!
でも娘は怖い母と一緒に居たくないから、好きな先生に一緒に行ってもらいたがる。
母は手持無沙汰。
娘を目で怒る。
娘は怯える。
悪循環です。

そんな時、娘がトップの先生(センター長)に泣きながら
「お母さんが怖い。お母さんと一緒に居たくない。」
と相談しましてね・・・
母は部屋からOUT状態です。
廊下でボーっと相談が終わるのを待ってます。

センター長さんに娘と入れ替わりで母が呼ばれまして
「娘さんはおうちに帰りたくないようです。
 おばあちゃんちで暮らしたいと言っています。
 それが難しいようなら児童相談所へ行く事も可能です。」

いきなり頭に100トンの重りが落ちてきたような衝撃でした。
その時の母の心境は
「あなた娘に何を吹き込んだ?
 児童相談所?
 どうして家があるのに!
 確かに一緒にいる時間が長いから、母と娘の仲が悪くなっているのは事実。
 勝手に娘に色々言わないでよ!!!」
って気持ちでした。


このころの事を思い出すと心が痛みます。

ちょっと長くなりそうなので続きますね。




励みになればと登録してます。
応援のクリックして頂けると嬉しいです。
   ↓
にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村





[PR]
# by benikaname | 2017-06-27 01:03 | 不登校 | Comments(0)

学校へ行けました。ホッ。

午後の授業からですが、月曜日なのに娘さん、
学校へ行く事が出来ました。

授業と言ってもコースの美術なのですが、
行ってくれたのが嬉しい!
しかも駅まで自ら歩いて行きました。

中学校時代の教育支援センターや、
フリースクールには自分で行くのは難しかったけど、
駅まで歩いてくれた・・・
嬉しいです。

母もつい甘々で
「ちょっと暑いから車で送る?」
なんて言っちゃうんですよね。
本人が自分で歩くって言ってるのに!
全く!余計な事を・・・

実は送りたいもう一つの理由に、あまりご近所さんに会って欲しくないっていうのも!
「なぜこんな時間に歩いてる?」
って思われないか、ドキドキしちゃうんですよね。
中学校時代不登校だったのを周りも知ってるし。
ただ高校はそれぞれ休みや時間帯も違う事が多いので
中学校時代よりは気が楽なのですが・・・
心が弱い母です。

もうすぐ娘さん、帰ってきます!
また「もう行きたくない。学校行きたくない。」
って言われたら、母のテンションはダダ下がりになることでしょう。

ドキドキ。


励みになればと登録してます。
応援のクリックして頂けると嬉しいです。
   ↓
にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村







[PR]
# by benikaname | 2017-06-26 16:26 | 高校 | Comments(0)

幼児期の思い出(と言うか、大変だった事)

幼少期の娘さんのことを今日はちょっと書いてみようと思います。

まだ幼稚園に入る前、毎日一緒に公園へ行ってたのですが
よそのお子さんはお友達と一緒に居たり、同じ所に長くいられるのですが
娘さんは毎日あっちふらふら、こっちふらふら・・・
まるで瞬間移動のように動く時も!
もし母がよそのお母さんと一緒にお話しなんてしていたら、どこへ行っちゃうかわからない・・・
そんな子供でした。
そしてお決まりは公園のお隣の野原へ行ってテントウムシを捕まえたり、蝶々を追いかけたりすること。
本当にじっとしていなかった。

1歳の頃、ベビースイミングにも参加させてみたけど
母が着替えている間に娘さんはウロウロ、チョロチョロ。
で、うめき声?が聞こえたと思ったら、
娘さん、ロッカーとロッカーの間にはまってまして引っ張りだしました。
結局、スイミングはお水が冷たくて、毎回唇が紫になってしまいジャグジーで過ごすことに・・・
二か月でやめました。風邪もひいたし。
よそのお子さんは元気に遊んでいたんですがねぇ。
今思えば、体温調節がその頃から苦手だったのかな。

まぁ、なんといっても娘さんの一番大変だったのは泣く事!!!
今でも負けた時、悔しい時、パニックを起した時など泣いてしまう娘さん。
生まれて10日目からずっと泣いてます(そんなイメージ)。
夜泣きもすごかったし、
お昼寝から覚めた時も2時間くらい泣き続けてたし、
実家のおばあちゃんには預かれないと言われてしまうし!
また泣き声が大きい大きい。
全身を震わせて泣いている。そんな感じ。
今でも泣かれると母もいろいろフラッシュバックしてしまい、胸がキューっとなって辛くなります。
娘さんも思春期になって
「なんで私は泣いてしまうんだろう?」
と自分の特性をなぜ?と思えるようになってきました。
これって進歩だと思っています。


なんかとりとめもなく思い出を書いてしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。



励みになればと登録してます。
応援のクリックして頂けると嬉しいです。
   ↓
にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村




[PR]
# by benikaname | 2017-06-26 00:46 | 幼少期 | Comments(0)

突然ブルーになる。(フラッシュバック)

金曜日、放課後ディに行く途中の話です。

ディへは車で50分程かかるのですが、この時間が結構やっかいでして・・・

実は娘さん、こもった場所(特に車中)や暇であったりすると
昔の思い出なんかがフラッシュバックしやすい傾向にあるようです。

この日もちょうど半分くらいの距離と時間が過ぎたころ

「昔、本当によく怒られた。(母と先生に)
 なんで怒られたか説明は受けたけど、抽象的でわからなかった。
 でも友達なんかは抽象的に言われてもすぐに理解できた。
 どうして私だけ理解できなかったの?
 自閉症(スペクトラム)だから? 
 理不尽に怒られているようで辛かった。」

と、突然ブルーになりながら言ってきました。

確かに何度説明しても、何度怒っても、同じことを何回も繰り返す子で、
母もすごい形相で目で怒ることもしばしばだったな。反省。猛省。

娘さん、小学校の5年生で引っ越しの為新しい病院へ移動するまで
発達障がいかもしれない?
位の認識だったので、どう接したら良いのか分からなかったのですよ。
個性?癇癪?性格?なんなの?って状態でした。母も父も。


そして、車中でどんどん気持ちが落ちていく娘さんに母は

「またカウンセリングで相談してみようよ!
 母には答えるのが難しいの。
 わからない事は聞いてって言われているし。
 ねっ!
 質問、忘れないように手帳に書いておこう。」

と言うのが精一杯でした。

母の方もカウンセラーさんから
・娘さんはお母さんにアドバイスをさせようとしがちだけど、それに乗らないように。
 言い訳、怒りのはけ口にする可能性が高い。
・困ったときはカウンセラーさんに相談しようといってくれれば良い。

とアドバイスをもらっており、なんとかそれに従ってその場を逃げる?事ができました。


娘さん、そんな状態でディに到着したので、最初は困惑していると言うか、暗い表情だったらしいのですよ。
所長さんが終わる直前に母に聞きに来ましたもの。
最初、すごく暗い表情で入ってきたって・・・

それでも所長さん曰く、
この日の担当は娘のお気に入りの先生だったようで、
あっという間に話も進み、ディは終わってしまったのだとか!

良い気分転換をさせて貰ってよかったね。
母もホッとしました。

帰りの車中は娘さん、モンスト(スマホゲーム)で集中していたので
母は久々大好きなラジオ番組をゆっくり聞きながら帰路についたのでした。




励みになればと登録してます。
応援のクリックして頂けると嬉しいです。
   ↓
にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村




 

[PR]
# by benikaname | 2017-06-25 01:00 | 放課後ディ | Comments(0)

高校生の娘は自閉症スペクトラム(発達障がい)で思春期真っ只中、母は心身お疲れモード。


by benikaname
プロフィールを見る
画像一覧